五味ちゃん先生の診療日誌

患者さんが毎日を明るく、楽しく過ごせる一助になりたいと願っています

2016年03月09日(水)

「KAYA鍼灸院」のご紹介 サイト「みんなのはりきゅう院」メンバー [鍼医から]

「鍼灸をもっと知ってもらいたい!」を合言葉に

情熱派・鍼灸師の共通サイト「みんなのはりきゅう院」(現在、鋭意作成中!)のメンバーの紹介です。

その中の企画の一つ、「突撃!鍼灸院訪問!」(仮称)で私と一般女性の2名で鍼灸院を訪問し、院長にインタビュー。
一般女性には治療も受けてもらいます。でも、それだけでは見えにく部分を鍼灸師である私が補います。


それぞれの視点で、現代の謎空間「鍼灸院」を掘り下げてレポートする企画。

「KAYA鍼灸院」http://kaya-hari.com/はJR平塚駅から徒歩、7−8分のところにあります。

広々した空やまっすぐ海まで続く道に、湘南っていいなぁぁぁ・・・って同業者ながらに思ってしまう。(ちょっと嫉妬・・・いやいや板橋もいいとこありますけどね笑)

彼女の治療方法を説明しますね。

彼女の師匠は「積聚治療」の流れを汲んでいます。
「しゃくじゅ」って読みます。
主にお腹と背中を重視して治療していきます。

使用する鍼は「銀鍼」1寸・・・と言ってもわかりませんよね。

銀鍼は非常に柔らかく、曲がりやすい。
ちょっと力を入れると鍼尖もすぐ曲がっちゃう。

1寸というのは鍼としては短いのですが、手の大きさにFITするので扱いやすいです。

しかも、鍼管を使いません。鍼管を使わずに銀鍼を刺入していくのは精神を集中し高い技術が要求されます。
正直、私はできません('◇')ゞ

と言っても、鍼を入れていくという意識より、体が鍼を要求すれば、自然と吸い込まれていくものと、彼女は説明してくれます。そして、そういう場所がツボだと。

深さも体が必要とするところまで自然に入っていく。
入れよう、入れようとすると、肩に力が入り、「気」が入りにくい。

砂が水を吸い込むように、適度にうるおいを持たせてくれる・・・そんなイメージでしょうか。

様々な方法や流派が鍼灸界には存在しますが、柔らかい方法のうちの一つです。日本で生まれた流派です。
お灸も細かくもぐさをよって、緩和させつつ行うお灸なので気持ちよく受けられます。

彼女の身体観や考え方も大変面白いので、是非直接たずねてみてください。



次回「KAYA鍼灸院」をさらにフカボリします!








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シンプルな内装の治療院です

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1階にあるおしゃれな鍼灸院です!

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銀鍼って難しいよねえ

Posted by 五味哲也 at 00時03分   パーマリンク   トラックバック ( 0 )   コメント ( 0 )

2016年02月20日(土)

シリアの今 [日々雑感]

日本にあるモスクに初めて行ってきました。

NHKも来てたのでニュースかなんかに流れるのかな。

シリアを支援しているNGOのシリア人医師が現地の様子をお話してくれました。大半はNGOの活動内容で、現地の様子をもっと知りたかったのが率直な感想。

しかし、現地の動画はリアルでした。

医療支援のNGOなので医療に関しての情報が多かったです。

・175の医療施設に200以上のアタックがあった
・6000名の医師が今は70人しかいない
・先週だけで5つの病院が破壊された(おそらくロシア空軍とアサド政府による)→地下に病院を作りたいがコストが膨大
・人口の半分は難民になっている
・ISはすべてを管理するのでIS支配地域では医療活動はできない→金銭・人・すべてを管理しようとするのでこちらの理念通りに活動できない
・ISの支配地域の病院は麻酔系の薬を持ち去る為に仕事ができない

僕らができることは常に関心を持ち続けることだと思います!

ナツメヤシをお土産に頂いたり、チキンカレーを御馳走になったりしました。

隣ではチャリティーバザーをやっていたので、シリアのお菓子と「神は一人なり」と書いているらしい、置物を買いました。これは治療院に飾ろう。


それにしても、鍼灸師のI先生「鍼灸師でも何か、現地でできることはありますか?」の質問に
まず、鍼灸って何?英語で何ていうの?という所からの説明。
Dr「シリアは非常に危険だけど、トルコやヨルダンでは活動できるでしょう。まずは連絡下さい」とのこと。

いつもながらI先生の突破力はすごいです。

鍼灸はイラク帰りの米兵のトラウマに著効があり米軍でも採用されています。

私たちが触れる・触るところから癒すことはできるんじゃないかな。


大塚モスクさんはTENOHASIと一緒にホームレス支援を行っています。


こんな形の国際交流もあり、だと思います!

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Posted by 五味哲也 at 22時17分   パーマリンク   トラックバック ( 0 )   コメント ( 0 )

江戸の五色不動について [鍼医から]

【五色不動尊】

鍼灸師目線で山手線の路線図をみると、素朴な疑問が起こります。
「目白」「目黒」かあ…陰(黒)と陽(白)だな、五行論の五色は「白、黒、赤、青、黄」だから、目赤、目青、目黄もあるんじゃないかな…
調べると、やっぱりありました。以下は史実ではなく、伝説です。(Wikiなどから引用)
 
→五色不動は江戸五色不動とも呼ばれており、江戸幕府3代将軍・徳川家光が大僧正・天海の建言により江戸府内から5箇所の不動尊を選び、結界をはり、天下太平を祈願したことに由来するなどの伝説が存在する。史跡案内など多くの文献ではこのような説話に倣った由来が記述されているが、資料によっては伝説の内容にばらつきも見られる。 一方で五色不動を歴史的に研究したいくつかの報告によると、実際に「五色不動」という名称が登場するのは明治末または大正始めであり、江戸時代の史実とは考えにくいとしているが、伝説自体は江戸時代から伝わる噂話に原型が見られるという。また名称を別とすれば個々の寺院や不動像自体は江戸時代(以前)からの歴史を持つとされる。なお五色不動は基本的に天台宗や真言宗の系統の寺院にあり、密教という点で共通しているが、不動明王に限らず明王は元来密教の仏像である。

不動明王は、密教ではその中心仏とされる大日如来が悪を断じ、衆生を教化するため、外には憤怒の形相、内には大慈悲心を有する民衆救済の具現者として現われたとされています。また、宇宙のすべての現象は、地、水、火、風、空の五つからなるとする宇宙観があり、これらを色彩で表現したものが五色といわれます。不動尊信仰は密教が盛んになった平安時代初期の頃から広まり、不動尊を身体ないしは目の色で描き分けることは、平安時代すでに存在したといわれています。

【五色不動の場所】
•目黒不動 - 瀧泉寺(東京都目黒区下目黒)

•目白不動 - 金乗院(東京都豊島区高田) 江戸時代は現在の文京区関口江戸川公園付近にあった新義真言宗新長谷寺の本尊

•目赤不動 - 南谷寺(東京都文京区本駒込)

•目青不動 - 教学院(東京都世田谷区太子堂) 本来の寺名は平井の目黄と同じ最勝寺

•目黄不動 - 永久寺(東京都台東区三ノ輪)
•目黄不動 - 最勝寺(東京都江戸川区平井)


文化5年(1808年)の『柳樽四十六篇』では、「五色には 二色足らぬ 不動の目」 という川柳が残されている。三不動「目黒、目白、目赤」しか知られていなかった一方で、前述の「五色」に見立てる発想の存在が確認できる。

※MAPで場所を見ると、何か気づきませんか?
江戸城を中心に配置されています。
江戸には五街道(これも五行ですが)が存在しています。
江戸の町つくりについては時間ある時に、ぼちぼち書いていきます。

自然堂が板橋にあるのも意味があるんですよ。

画像(320x245)・拡大画像(674x517)

五色不動の配置図

Posted by 五味哲也 at 14時08分   パーマリンク   トラックバック ( 0 )   コメント ( 0 )

2016年01月22日(金)

FB更新しました [鍼医から]

江戸後期の侍の写真から、姿勢分析してみました

自然堂はりきゅう院FaceBook

Posted by 五味哲也 at 21時05分   パーマリンク   トラックバック ( 0 )   コメント ( 0 )

2016年01月21日(木)

FB更新しました。 [鍼医から]

ケニア料理のカフェの情報

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Posted by 五味哲也 at 23時03分   パーマリンク   トラックバック ( 0 )   コメント ( 0 )

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