五味ちゃん先生の診療日誌

患者さんが毎日を明るく、楽しく過ごせる一助になりたいと願っています

KAYA鍼灸院をフカボリします。 [鍼医から]

今回は、先日ご紹介した「みんはり」メンバーのKAYA鍼灸院をフカボリします。

→前回のブログ


KAYA鍼灸院は、単に治療をする場所として開業したわけではありません。

栢之間先生は、鍼灸院を通して人のあるべきライフスタイルを提案しています。

平塚は都会に出やすく、海と山の自然を感じやすい。
人が自然を感じながら、生活するスタイルの中に鍼灸師や鍼灸院がありたいとの思いがあります。

農業高校の教員もしていたことから、彼女の鍼灸スタイルは

「鍼灸×自然×食事」=自然と人の共生型ライフスタイル

です。

患者着やベッド周りなど、肌に触れる部分は全て自然素材。
治療院の空気も自然なものにしたくて、無垢の床材と珪藻土の壁。

シンプルな内装は窓を開けるとさわやかな風が吹き抜けるように、曲線の仕切りにしています。

季節のジュース作りやニット帽を作って患者さんに提供したり、なんと患者着まで手作りです。

手作りと言えば、彼女の名刺は今や絶滅の危機に瀕している「活版印刷」製。
治療院を掃除する箒は手作りの江戸箒。

鍼灸治療も含めてですが、手が伝える力、手でしか伝えることができない優しさを、KAYA鍼灸院は精一杯表現しています。

こんな治療院や鍼灸師がもっともっと増えれば、元気になる人が増えて、日本はもっと元気になるんだろうな。

興味のある人は是非、KAYA鍼灸院のHPをご覧ください。
KAYA鍼灸院


さて、次回はのご紹介は、私のかかりつけ鍼灸院。
「鍼 神尾」です!

ここもまた、ディープですよ(笑)
お楽しみに!!

って、他の治療院の説明ばかりして、誰が自然堂のフカボリしてくれるんだろう・・・(笑)


Posted by 五味哲也 at 18時09分   パーマリンク   トラックバック ( 0 )   コメント ( 0 )

「KAYA鍼灸院」のご紹介 サイト「みんなのはりきゅう院」メンバー [鍼医から]

「鍼灸をもっと知ってもらいたい!」を合言葉に

情熱派・鍼灸師の共通サイト「みんなのはりきゅう院」(現在、鋭意作成中!)のメンバーの紹介です。

その中の企画の一つ、「突撃!鍼灸院訪問!」(仮称)で私と一般女性の2名で鍼灸院を訪問し、院長にインタビュー。
一般女性には治療も受けてもらいます。でも、それだけでは見えにく部分を鍼灸師である私が補います。


それぞれの視点で、現代の謎空間「鍼灸院」を掘り下げてレポートする企画。

「KAYA鍼灸院」http://kaya-hari.com/はJR平塚駅から徒歩、7−8分のところにあります。

広々した空やまっすぐ海まで続く道に、湘南っていいなぁぁぁ・・・って同業者ながらに思ってしまう。(ちょっと嫉妬・・・いやいや板橋もいいとこありますけどね笑)

彼女の治療方法を説明しますね。

彼女の師匠は「積聚治療」の流れを汲んでいます。
「しゃくじゅ」って読みます。
主にお腹と背中を重視して治療していきます。

使用する鍼は「銀鍼」1寸・・・と言ってもわかりませんよね。

銀鍼は非常に柔らかく、曲がりやすい。
ちょっと力を入れると鍼尖もすぐ曲がっちゃう。

1寸というのは鍼としては短いのですが、手の大きさにFITするので扱いやすいです。

しかも、鍼管を使いません。鍼管を使わずに銀鍼を刺入していくのは精神を集中し高い技術が要求されます。
正直、私はできません('◇')ゞ

と言っても、鍼を入れていくという意識より、体が鍼を要求すれば、自然と吸い込まれていくものと、彼女は説明してくれます。そして、そういう場所がツボだと。

深さも体が必要とするところまで自然に入っていく。
入れよう、入れようとすると、肩に力が入り、「気」が入りにくい。

砂が水を吸い込むように、適度にうるおいを持たせてくれる・・・そんなイメージでしょうか。

様々な方法や流派が鍼灸界には存在しますが、柔らかい方法のうちの一つです。日本で生まれた流派です。
お灸も細かくもぐさをよって、緩和させつつ行うお灸なので気持ちよく受けられます。

彼女の身体観や考え方も大変面白いので、是非直接たずねてみてください。



次回「KAYA鍼灸院」をさらにフカボリします!








画像(320x240)

シンプルな内装の治療院です

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1階にあるおしゃれな鍼灸院です!

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銀鍼って難しいよねえ

Posted by 五味哲也 at 00時03分   パーマリンク   トラックバック ( 0 )   コメント ( 0 )

江戸の五色不動について [鍼医から]

【五色不動尊】

鍼灸師目線で山手線の路線図をみると、素朴な疑問が起こります。
「目白」「目黒」かあ…陰(黒)と陽(白)だな、五行論の五色は「白、黒、赤、青、黄」だから、目赤、目青、目黄もあるんじゃないかな…
調べると、やっぱりありました。以下は史実ではなく、伝説です。(Wikiなどから引用)
 
→五色不動は江戸五色不動とも呼ばれており、江戸幕府3代将軍・徳川家光が大僧正・天海の建言により江戸府内から5箇所の不動尊を選び、結界をはり、天下太平を祈願したことに由来するなどの伝説が存在する。史跡案内など多くの文献ではこのような説話に倣った由来が記述されているが、資料によっては伝説の内容にばらつきも見られる。 一方で五色不動を歴史的に研究したいくつかの報告によると、実際に「五色不動」という名称が登場するのは明治末または大正始めであり、江戸時代の史実とは考えにくいとしているが、伝説自体は江戸時代から伝わる噂話に原型が見られるという。また名称を別とすれば個々の寺院や不動像自体は江戸時代(以前)からの歴史を持つとされる。なお五色不動は基本的に天台宗や真言宗の系統の寺院にあり、密教という点で共通しているが、不動明王に限らず明王は元来密教の仏像である。

不動明王は、密教ではその中心仏とされる大日如来が悪を断じ、衆生を教化するため、外には憤怒の形相、内には大慈悲心を有する民衆救済の具現者として現われたとされています。また、宇宙のすべての現象は、地、水、火、風、空の五つからなるとする宇宙観があり、これらを色彩で表現したものが五色といわれます。不動尊信仰は密教が盛んになった平安時代初期の頃から広まり、不動尊を身体ないしは目の色で描き分けることは、平安時代すでに存在したといわれています。

【五色不動の場所】
•目黒不動 - 瀧泉寺(東京都目黒区下目黒)

•目白不動 - 金乗院(東京都豊島区高田) 江戸時代は現在の文京区関口江戸川公園付近にあった新義真言宗新長谷寺の本尊

•目赤不動 - 南谷寺(東京都文京区本駒込)

•目青不動 - 教学院(東京都世田谷区太子堂) 本来の寺名は平井の目黄と同じ最勝寺

•目黄不動 - 永久寺(東京都台東区三ノ輪)
•目黄不動 - 最勝寺(東京都江戸川区平井)


文化5年(1808年)の『柳樽四十六篇』では、「五色には 二色足らぬ 不動の目」 という川柳が残されている。三不動「目黒、目白、目赤」しか知られていなかった一方で、前述の「五色」に見立てる発想の存在が確認できる。

※MAPで場所を見ると、何か気づきませんか?
江戸城を中心に配置されています。
江戸には五街道(これも五行ですが)が存在しています。
江戸の町つくりについては時間ある時に、ぼちぼち書いていきます。

自然堂が板橋にあるのも意味があるんですよ。

画像(320x245)・拡大画像(674x517)

五色不動の配置図

Posted by 五味哲也 at 14時08分   パーマリンク   トラックバック ( 0 )   コメント ( 0 )

FB更新しました [鍼医から]

江戸後期の侍の写真から、姿勢分析してみました

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Posted by 五味哲也 at 21時05分   パーマリンク   トラックバック ( 0 )   コメント ( 0 )

FB更新しました。 [鍼医から]

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Posted by 五味哲也 at 23時03分   パーマリンク   トラックバック ( 0 )   コメント ( 0 )

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